信託には「民事」と「商事」があります。
商事信託は信託会社(信託銀行含む)が不特定多数の所有者からその所有権を移転し、財産等の管理・運用をするために受託者になることです。これらを継続反復する業として行うので「商事」(プロ)と呼ばれています。
これに対して、民事信託は個人間(主に家族間)で行われる信託の形であり、業として行われないので「民事」と呼ばれるのです。
信託法は。そもそも大正11年に施行されたのですが、所有権が移転されるという日本人には何とも腑に落ちない仕組みのため、一般人に馴染むことはほとんどなかったのです。しかし、平成19年信託法及び信託業法が改正・施行されたことを端緒に信託が話題になったのですが、一般の人々が関心を持つことはあまりなく、知られることはなかったのです。
しかし、約9年前に発足した「一般社団法人家族信託普及協会」(私も一部関与しました)が、相続分野の士業等にその役割の重要さを浸透させたのが大きな意味を持つことになりました。それは「相続対策」に信託が有効に使えることが知らしめられたからです。当協会が信託を普及させようとして、「民事」を「家族」という用語に言い換えたことが一般の人々に大きな影響を与えたのです。
では、信託を使った相続対策を具体的に見てみましょう。
紹介するのは、私が関与するある地主さんの一家です。お父様は現在90歳。お元気な方です。東京近郊の地主さんで賃貸マンションや駐車場10数か所を所有しています。大きな自宅に一人で住んでいます。しかし、2年前に奥様が他界されてからめっきりと衰えました。近頃は何事も忘れることが多くなり、大好きだった週1ゴルフも止めてしまいました。
さすがにこれに危機感を抱いた長男は、築年が30年を超えるマンションの大規模修繕や土地有効活用時に、認知症になっていると何も手を打てないことを、ある相続セミナーで知ることになりました。
早速、親しい建築会社にリフォームをした場合の費用の見積もりをとったところ、3000万円程度は掛かることが分かりました。リフォームも売却時にも認知症になれば意思能力なしとして法律行為は出来ません。
幸いなことに、このお父さんはまだ自署が出来、物事の理解も可能です。早速、長男は信託により物件の所有権を移転し受託者になりました。
人間誰しもこのようなリスクを抱えています。男性85歳以上の認知症になる確率は35%といわれています。もう特別なことではないのです。しかし、それなりの財産を持っている人はそれを有効に使えなくなります。もちろん後見人制度がありますが、自由にならないのは同じことです。
この不利な状態を改善するのが「信託」です。物件所有者であるお父さん(委託者)の所有権を、長男に(一般社団法人設立の場合もある)に移転して管理・運営を任せます。すると、この家賃収入などは、受託者の信託口座に入ります。この中から管理費用などを差し引いてお父さん(受益者)の個人口座に入金されます。こうすることによって、お父さんからこれらの財産を切り離します。ただし、家賃収入は以前と変わらないので、お父さんの生活の心配はありません。
大規模修繕が必要な場合は、受託者が契約当事者になるので、何の問題もありません。また、実質的な所有者はお父さんなので贈与税の心配もありません。
ただし、留意しなければならないことがあります。複数の兄弟姉妹がいて、仮に長男が受託者になった場合です。お父さんの相続が発生したとしても、当該信託物件を受託者が自動的に単独取得できるわけではありません。
遺言書がなければ、一時的にせよ他の兄弟との共有状態になります。そもそも他の兄弟等に信託を行うことの事前承認が必要です。つまり、信託はお父さんの生存対策であり子供たちの相続対策ではありません。
団塊の世代が73~76歳になりました。この年代だけで約800万人ともいわれており、今後、壮大な相続対策と認知症対策が必要となります。
委託する側も、受託する側も、大事な財産を有効に使うために、お互いを信じて後世に託することがいかに大切であるかを改めて考えたいものです。
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