前回の続きです。

母親の美紀は2,350万円で婿の所有権部分(共有持ち分)を買い取ることにしました。とはいえ住宅ローンの残債は2,650万円なので、この金額では抵当権の抹消が出来ません。抹消するには残りの300万円を誰かが負担するしかありません。婿にしてみればこれから一人で生活する上にシングルマザーのA子の家族を養っていくことになります。自分が蒔いた種とはいえ、住む家を失い家族を失います。ここで残りの300万円を払えといわれても、自分に何の恩恵のない建物に対して出し渋るのはごく当然の感情です。もちろん奈美にそんな余裕はありません。結局、美紀が残債分300万円を引き受けることにしました。つまり、元の木阿弥で売買価格を2650万円にすることにすれば、美紀から婿への贈与の問題もなくなります。

これでこの物語は一件落着です。 ここからは後日談の話です。

美紀は全てが終わった後に、これでもまだ救われた、本当に良かったとつくづく思ったのです。それは3年前、二世帯住宅を建築することが決まったときに、夫が婿に向かって「君、この際だからウチの養子にならないか」と切り出したことがあります。何を血迷ったのか、社会的な地位を失い、誰にも振り向かれない立場に陥った弱気な精神的状態がそうさせたのでしょうか。

70歳という若さ(若くはないか)であるものの、何かの虫の知らせなのか、3年後に旅立つことなど思いもよらないことでした。この家を守ってもらいたいという願いがあったのかもしれません。婿はこの時はそんな義父の思い入れに感謝し、心が動きました。しかし、自分には地方都市で健康に暮らす両親がいます。一人息子で東京の大学を出してくれた恩義もあり、他家の養子になるなど、実の親を納得させられません。その後、義父もそれほどきつくいうこともなく、養子の申し出は穏便に断り、無事に二世帯住宅が完成しました。仮に、婿が養子になっていたとしたら、夫の法定相続人となり、当然のごとく実子と同じ相続権を持つことになります。これは建物だけでなく、土地にもその権利は及びます。

もし、この話が成就していたらと思うとゾッとするのです。この相続争いはもっと複雑になり、解決までに大きな代償を払うことになったはずです。

これは二世帯住宅に限った話ではありません。他人を養子に迎えるのは余程の事情や理由、そして覚悟が必要です。しかし、他の相続人の理解がなければやめた方が無難です。

 

相続は読んで字の如し、一過性の事象ではなく、その家や人間性の姿(相)を長く(続)けることです。安易に他人を家族に迎えるのは如何なものかです。

悲しいかな、財産相続が主流になった現在は、相続人同士の財産獲得の戦いそのものでもあります。

 

二世帯シリーズを長きに渡りお読みいただきありがとうございました。近い将来65歳以上の高齢者が3,800万人になると予測されています。日本人の30%以上が高齢者ということです。つまり、若い人といえども相続問題は目の前にある課題になります。

今回は二世帯住宅を題材にして相続を語りましたが、これは形態をやや複雑にしただけで、自宅一戸があればすでに相続問題が発生する可能性が高くなることの警鐘を鳴らしたかったのです。財産の中で圧倒的に価値の高いのが不動産だからです。そのことを意識しないで相続は語れません。特に団塊世代と言われる人々の成功の証がマイホームだからです。これからはマイホームこそ解決すべき最大の相続問題になる予感がしています。

 

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