前回の続きです。

10ヶ月後に相続税の申告(母の美紀は配偶者控除で税は発生せず、娘二人が納税した)を終えて、やれやれと一息ついたのも束の間、この一家を大きな事件が襲うことになりました。二世帯住宅を新築して上下階に分かれて生活していたとはいえ、半ば同居の形であることには違いがありません。娘にとってみれば実の両親にいつでも会えるというのは安心感そのものですが、婿にとってみれば常に気を遣うことになります。特にリタイアした父親は時間を持て余しており、何かと孫に会うという口実の元、2階の娘の居室に来るのです。週末には必ずと言っていいほど本家の食卓で夕食を囲むのでした。これは父親にとっては存在感を示す僅かな機会でもありました。また、どこに出かけるにも両親に挨拶し自分の実家の北海道に帰省するにも肩身の狭い思いをするのです。

やはり、自分達だけでファミレスやカフェに行きたい、あるいは友人たちと飲み会にも行きたいと思うのは当然です。

そんな状態が約2年ほど続いた頃、ひょんなことから会社の同僚のシングルマザーA子さんから自身の生活や仕事、子供のことなどを相談されることになったのです。結婚して子供が出来て僅か2年でDV夫であることを理由に離婚に至っていました。それから3年経ち生活も落ち着いてきた頃、5歳になる子供の行く末に不安を覚えている様子です。自分にも幼い子供が二人います。いつしか気持ちはA子さんに寄り添うようになっていました。いずれは大人の関係に進むのは道理?ということでしょうか。帰宅が以前より遅くなり、日曜日は仕事が溜まっていると時折出かける夫の姿に妻は疑いの目を向けます。そして禁断の関係は知られることになりました。奈美は怒りに震えました。とはいえ幼い子供を二人抱え、このことを知られたくない両親がいます。さらに住宅ローンは夫名義です。奈美に落ち度は全くといっていいほどありません。それでも苦しむ羽目になろうとは。あの楽しい生活のおかげでこんなことなるとは。そんな折の父親の突然の死です。降って湧いたような相続問題に直面することになったのです。まさに想定外というやつです(本来は想定しなければいけないのでこんな文章を書いているのですが)。「先憂後楽」の精神があればこんなことにならないのでしょうか。

話は戻ります。父親の死と相続問題は婿にとっても大きなショックでした。姉妹間の少しの争い、母親との微妙な関係、そして自分の建物所有権の危うさ、ローンの重圧。心はますますA子さんの方に傾いていきました。妻はそんな夫の変化に気づき、「今後あなたはどうするつもりなの」と問い詰めます。父親が亡くなっても母親との同居生活に変わりはありません。そんな中、夫の気持ちは既にA子さんファミリーに移っていました。シングルマザーとして子供を世話し、慎ましい賃貸マンションに住み、一所懸命に生きる姿に心が打たれるのでした。

何とかして力になってあげたい、助けてあげたい。しかし、自分にはどうすることもできないローンと家族がある。この時点で住宅ローンの残債は2,650万円もありました。

「申し訳ないが俺の所有権部分をお母さんに買い取ってもらいたい。ついては価格は残債と同程度の2,650万円にしてもらいたい。それで俺の抵当権は抹消されるので君たちも安心だろう。受け取ったお金は離婚条件の財産分与として君に1,650万円渡すよ。家にはタダで住めるし十分だろう。そして俺は1,000万円もらう。俺の預金はせいぜい100万円だけど引越代などの費用に充てたいからこれはもらうよ」

はたしてこれでいいのでしょうか。

またまた次号に続きます!

 

★YouTubeはじめました!チャンネル登録お願いします。

不動産鑑定士《芳賀則人の言いたい放題》 (別リンクに飛びます。)