【起きていることに幸も不幸もない、どう捉えるか、乗り越えるかだ】
不幸と思えることでも後になれば良い経験であった、むしろ忘れがたい思い出になることがあります。
平成8年4月のことです。驚天動地の事件に巻き込まれました。かれこれ30年前になりますが、東京地検特捜部による、当事務所への「家宅捜索」、いわゆるガサ入れを受けたことがありました。その2週間前に、ある会社の特別背任事件に関わる参考人として、地検特捜部から事情聴取を受けていました。その会社は某信用組合でした。平成4年に関係会社が保有する不動産を、同族法人に売買するための時価を算定するために、鑑定評価を受任していました。つまり、この捜査は、鑑定を行った4年後のことです。私が行ったその評価が著しく高いのではないかとの疑念でした。
一度の事情聴取でことが済んだと高をくくっていたところ、当時22坪の事務所に、7人もの事務官や検事が入り、段ボール15箱もの書類を持ち出しました。そんな事態になりました。
平成4年当時はバブル崩壊前夜のことで、まだまだ不動産の時価は高止まり状態でした。特に当時は国土法監視区域という法律の元、事実上区役所等の不勧告書(価格に問題がないということ)がないと売買出来ない状況でした。もちろん、私の行った評価額は区役所の審査を通り、何の問題もなかったのにも関わらず、国土法の内容をご存知ない検事は、依頼者に頼まれて高い評価をしたのだろうというシナリオの元、私を責め立てました。つまり、背任のお先棒を担いだのではないかとの疑いです。
当時、東京地検のビルに取り調べを受けるために、5回は通ったものです。もしかしたら自宅までガサ入れされるのではないかという恐怖心がありました。実際に、自宅にまで検察庁から電話があり女房が受けていました。なぜか「お宅にまでは行かないから心配するな」という内容であったと後で聞かされました。女房には正直に事の顛末を全て説明して分かってもらえました。何しろ娘はまだ小学生と中学生です。自宅に来られたら、パパは何をしたのと問い詰められることは必至です。
その1ヵ月間、もう生きた心地がしないというのはこのことです。鑑定事務所を続けるのは無理かなと覚悟したことを覚えています。
この件は以前にも取り上げているので詳細は省きますが、その後の裁判では東京地裁で証人尋問にも呼ばれ、淡々と証言し、結局私には何のお咎めもなく終わりました。まさしく、いらぬ心配をさせられましたが、この程度は可愛いものです。この事件を通して、自分の不動産鑑定士としての生き方を改めて感じることになりました。
しかし、私なんぞと違い、最悪なケースが元厚労事務次官まで務めた村木厚子さんの冤罪事件です。彼女は一貫して無実を主張しました。検事が調書を捏造するという、でっち上げによるとんでもない犯罪でした。検察官もただの弱い人間でした。
しかし、村木さんはあの辛い経験があったからこそ、底辺に生きる人間のことに寄り添えるようになったと言っています。
辛く、悲しく、空しい、どんな環境に陥るとも、それは長い人生にとってはほんの1ページです。中小企業経営者は、それを受け取る機会が一般の方よりも多いはずです。諦めず乗り越えるしかありません。

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