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[スタッフブログ]斎藤紀明が斬る!

「デビッド・ボウイ氏は金融面でも先駆者であった」2016.01.13

1月10日、英国の世界的ロック歌手デビッド・ボウイ氏が亡くなりました。1970年代から音楽シーンの最前線で活躍し、音楽やファッションの新境地を開いたことや、映画「戦場のメリークリスマス」などでの俳優としての活躍も記憶に残ることと思います。ネット上にもボウイ氏を追悼する記事がたくさん配信されています。

そんな中で目を引いたのは、ウォール・ストリート・ジャーナルの『ボウイさんは金融面での先駆者でもあった。』という記事です。え?ロックスターのボウイ氏が金融の先駆者って、どういうこと?と読んでみたところ、次のような記事でした(一部にウォールストリートジャーナル記事の引用を含みます)。

その記事によりますと、ボウイ氏は1997年に「ボウイ債」という債券を発行し、5,500万ドル(約65億円)の資金を調達していたそうです。この「ボウイ債」は、ボウイ氏の作品の将来の売り上げに対する権利を売却したもので、当時最先端とされた金融工学を駆使した画期的な金融商品(正確には資産担保証券(ABS))だったとか。

1997年といえば、ヘッジファンドなどの機関投資家による「通貨の空売り」が主な原因となった「アジア通貨危機」が起こった年であり、その後数年にわたってロシア通貨危機・ブラジル通貨危機など国際的な金融危機を引き起こした時期です。したがって経済ニュースにおいて「ヘッジファンド」という言葉が一般化する直前に、このボウイ債は発行された訳です。おそらく、当時はごく一部の投資部門や国際金融の専門家でなければ金融工学がどのようなものであるか理解できていない頃だったものと推測されますが、そのような時期に音楽家であるボウイ氏が金融工学を駆使した債券を発行していたとは驚きでした。

この「ボウイ債」は、ミュージシャンが作品の知的財産権の使用料(ロイヤリティー)を証券化した初めての例だったとのことで、ちょうどアメリカの金融業界が目新しい金融商品を開発しようと躍起になっていたことと、その後「ネット配信による楽曲ダウンロード」の急進により音楽CDの販売が激減する数年前だったことから、「絶妙のタイミングだった」と評価されています。たしかに、現在のように音楽CDの販売額が減少している状況では、将来の売上げに対する知的財産権の使用料として、このボウイ債のような巨額の資金調達をすることは難しいかもしれません。実際に、このボウイ債が発行されてから「ファンクの帝王」と呼ばれたジェームズ・ブラウン氏(故人)やマーヴィン・ゲイ氏など大物ミュージシャンも同様の商品を企画したそうですが、このような大型案件にはならなかったようです。

このボウイ債は保険大手のプルデンシャル・ファイナンシャルが一括して大量購入したそうですが、その売り込み営業において営業マンが必ず投資会社や保険会社、格付け会社などから最初に聞かれる質問は『きみはデビッドに会ったのか?』というものだったそうです。投資家や金融機関の専門家もデビッド・ボウイ氏のファンだったことが伺えるエピソードです。

そして、このボウイ債は「資産担保証券」という新しい金融市場の記念碑ともいうべき存在であったと言われています。その後の資産担保証券の発行については風変わりな担保が次々と採用されるようになり、「海運用コンテナ」「石炭工場」「野球・フットボール・バスケットなど全米のスポーツチーム」に至るまで、あらゆる主体が生み出す全ての種類の資産を裏付けとして発行されるようになり、その先がけとなったのがボウイ債の成功であり、市場を活性化する一つの要因になったからです。

その後、楽曲のダウンロードによりCD販売が急減し始めた2002年、ニューヨーク・タイムズ紙とのインタビューで「10年後に著作権が存在しているとは思わない」とボウイ氏は語ったそうです。「音楽は水道や電気のようなありきたりのものになっている可能性が高いだろう」とも語っていたとのことで、その直前に巨額の投資商品を成功させた先見の明を評価する声が上がっています。

 

あらためてご冥福をお祈りいたします。

 

東京アプレイザル物語

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