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東京アプレイザル物語

11 スタートは木造2DKのアパート~家族への感謝~

司会: 東京アプレイザルとしてのスタート地は、現在の高田馬場だったのですか?

芳賀: いえ、違います。当初は自宅兼事務所ですね。2DKの木造のアパートでした。ただ、それでも、それまでの境遇から考えると、天国のような最高の場所でしたよ。国栄興業での4年間は、考えられないようなボロアパートでしたからね。

司会: そうだったんですか。お子様は、いつ生まれたのですか。

芳賀: 長女が、独立した年の翌年に生まれましたね。それで、そのアパートには4年位いました。住居兼事務所ですから、自宅に仕事の電話が掛かってきますよね。昔の電話はけたたましく鳴りますから、赤ん坊は泣きますよね。それで、ある時、私が「静かにしろ~」って怒ってしまった事があったんです。妻はその私の態度に、激怒しましたがね(笑)。

司会: 電話の相手としても、事務所に電話を掛けているはずなのに、赤ん坊の泣き声が聞こえてくるわけですからね。混乱したかもしれないですね(笑)。

芳賀: びっくりしたと思いますよ(笑)。

司会: それで、初年度から不動産会社の仕事を引き続き受けてやってこられたとのことですが、その後はどのように変化していきましたか?

芳賀: バブルの少し前だったんですけれど、大手金融機関3社から話が来るようになっていたんです。その3社とは独立する前からお付き合いがあったので、色々と仕事が入り出したんですよ。仕事内容は、担保評価ですね。バブルに突入するぞという時ですので、金融機関はお金をバカバカ貸していましたからね。

司会: 大手の金融機関とのお仕事ということになりますと、仕事量も相当多くなって大変だったのではないですか?

芳賀: そうなんですよ。それこそ、土日も無いような状況でしたね。数年間はそういう状況が続いたかなぁ。今でも、妻には、「あの時は、土日も無かった」って言われていますよ(笑)。

司会: そうすると、この辺りで人を入れようということになりそうですね。

芳賀: まさに、そのとおりですね。ちょうどこの時期に、今は役員をやってもらっていますが、牧村を入れることになります。確か、昭和60年位だったと思います。それにしても、こう話をさせていただくと、妻や家族には迷惑をかけ通しですね。仕事以外興味を示さない男と結婚したばかりに、妻には苦労をかけ、楽しみの少ない人生を送らせてしまったかなぁとたまに考えてしまいますね。

司会: でも、その様に思えるということは、家族に対して感謝の気持ちが強い証拠なのではないでしょうか。

芳賀: 家族には、本当に心の底から感謝していますね。今の東京アプレイザル、今の芳賀則人があるのは間違いなく家族の支えがあったからです。これからは、少しずつ家族への恩返しもしていければと思っています。

司会: ご家族の方も喜ばれますね!


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斎藤紀明が斬る

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