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[月いちコラム]芳賀則人の言いたい放題!

No.264【戦国時代における一家の経営戦略】2017.09.01

 

久し振りに映画館に行き映画を見ました。前に行ったのが記憶にないぐらいの久々です。地元の大泉学園駅10分にある東映撮影所隣にある「T・ジョイSEIBU大泉」というシネコンです。

見たのは「関ヶ原」。言わずと知れた司馬遼太郎原作です。主演はV6の岡田准一君(どういうわけかジャニーズの面々は君付けがなじむのです)。

石田三成役です。一昨年はNHK大河ドラマの黒田官兵衛役でした。いい役者になったなあと。

関ヶ原は歴史物(特に戦国時代)好きな私にとっては垂涎ものです。26日封切りですが翌日の27日に行きました。日曜日、昼過ぎにも関わらず結構な客入りです。まあ、年配者が多いですが。でも、私の隣席は若いカップルでした。何と料金、シニア割(60才以上)と言って定価1,800円が1,100円です。(700円あればドトールでコーヒーとケーキセットが食べられる。せこいか)

年を取ると、良いこともあるものだと何となく寂しいやら嬉しいやら。でもやっぱり得をしたなと。

で、始まりました。が、何と予告編の多いことか10分以上待たされました。セミナーで次の講座の前宣伝なんかやると絶対に不満が出ます。すぐに始めろと。

関ヶ原合戦は朝の6時過ぎに始まって午後には雌雄が決するという何ともあっという間の出来事でしたが、秀吉が死んでからそれまでに至るまでの各大名家の存亡をかけた壮烈な戦いです。

三成はお寺の小僧でした。ある日、何かの折に秀吉がその寺を訪ねます。そこでその小僧にお茶を所望します。小僧は、一杯目は茶碗にぬるめで多めの量を入れたお茶を出します。秀吉はすぐに飲み干します。もう一杯くれと言います。二杯目は少し熱めで半分ぐらいの量を出します。これもすぐに飲み干します。もう一杯と言います。三杯目はかなり熱めで少しの量のお茶を出します。これもすぐに飲みます。

この気配りを秀吉は大いに気に入ります。すぐに「俺の家来になれと」言ってもらい受けます。これが家康と天下を争うことになる三成の始まりです。

家康につくか三成(大阪方)につくかの選択でした。有名どころでは、真田家は昌幸(父)幸村(次男)が秀吉の恩顧に報いるためと家康嫌いで大阪方に付きます。残念ながら関ヶ原には行けませんでしたが。信州上田で秀忠を足止めにして徳川本隊が関ヶ原に間に合わなかったことは有名な逸話です。

一方、信之(長男)は徳川家、四天王の筆頭、本多忠勝の娘を正室にした縁により家康につくことになります。これを犬伏の別れなどと言うようです。結局は現在の14代真田家は明治になり新政府軍側に立ち侯爵になり現在に至るわけです。まさに勝ち組の一家です。

細川家も大阪で人質に取られたガラシャ夫人が自宅に火をつけ三成にはつかなかったわけですが、それが良かったのか結局は熊本藩主になり明治を生き抜き、かつての日本新党で総理大臣になった細川護熙氏に繋がります。ここも勝ち組です。伊達家(仙台)も前田家(金沢)も生き残り組です。毛利家(萩市)は大阪方についたおかげで領土を3分の1に減らしましたが、明治維新では最大の政府軍となり多くの総理大臣を輩出したのは歴史通りです。ここも結局は勝ち組です。

どちらかというと負け組は武田家(甲府)、上杉家(山形)、気の毒なのは今川家(静岡)、北条家(小田原)でしょうか。関ヶ原に行く前に秀吉に滅ぼされました。島津家(薩摩)は関ヶ原に参戦するも動かず、雌雄が決すると見るや中央突破で薩摩に逃げ帰りました。

しかし歴史に登場するような有名大名以外の多くの中小豪族は、どこかの巨大勢力に組み込まれざるを得ませんでした。

領地争いが基本的な構図でした。元々の特権階級である貴族や寺社の荘園・領土を守る武士勢力が力を持ち始め、平安時代の末期から我が物にしようとしたのが戦国の始まりです。土地を所有するのが力の源泉です。それは農業が進むにつれてその争いが激化しました。

どちらにつくかがその後の運命を決めたわけですが、何故か判官びいきの私としては、秀吉の義に殉じた石田三成と、その盟友であった大谷刑部少輔の生き様にロマンを感じるのです。病に侵された大谷刑部のあの頭巾姿を見るにつけ泣きたくなるのは何故でしょうか。狸親父と揶揄された家康は何故か知りませんがあまり好きにはなれません。これは好き嫌いの感覚なので自由です。

 

現在、起きている中小企業の事業承継やM&A問題は、これらを髣髴とした事象と言えば大げさでしょうか。さすがにその勢力に入らなくても殺されはしませんが、生き残りのためには今のままでは済まないことは確かでしょう。それは多くの社長や所長が抱えている高齢化の問題です。更に召し抱えている家臣(いや社員か)の身の振り方です。そして最終の行き着先は大将が死ぬことです。これだけは避けられない、与えられた絶対条件です。

今年のNHKの大河ドラマ「直虎」は井伊家を描いています。これも浜名湖周辺の豪族だった家です。今川家の属国でとにかく大変な苦労をして守る様子を見せられます。高橋一生という役者が大人気となりました(前々回に殺されましたが)。「一生ロス」という言葉があるようです。これからでも遅くありませんので、直虎は結構面白いです。

関ヶ原では井伊家は「井伊の赤備え」と言って、おそれられた騎馬軍団でした。徳川直政は四天王の一人です。と言っても「赤備え」は武田信玄の家臣が始まりです。武田家が滅亡した後に真田家もこれを受け継ぎ、大阪の陣の真田幸村が六文銭の旗印の元「赤備え」で戦います。当時の赤は朱色です。戦意を高揚させる色としては最も有効な色だったのでしょう。広島カープの赤もこれを利用しているのかもしれません。

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東京アプレイザル物語

斎藤紀明が斬る

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